今週の一言 第十回 テーマは自分
2023/06/14
養老孟司 著 『「自分」の壁』 新潮新書 より引用
「そもそも「自分」とは一体何なのだろう。この問題はずっと気になっていました。
なんとなく答えが見えてきたように感じたのは、「動物は『自分』を持っているのだろうか」ということを考えはじめてからでした。私たちは「自分」があって当たり前だと思っています。むしろ「『自分』なんていない」」と考えている人はほとんどいない。
でも、ほかの動物もそうなのか。そのことを少し考えてみましょう。
多くの動物は、帰る巣、根城をもっています。一番わかりやすいのは、ミツバチでしょう。みんなきちんと規則正しく巣に帰ってくる。別にミツバチに限らず、多くの動物が道に迷わず巣に帰れます。
なぜ、そんなことができるか。それは頭の中に地図を持っているからです。自分が今どこにいて、巣はここから南のほうにある、といった情報が頭の中にあります。
もちろん、それは別に動物に限った話ではありません。人間も基本的には頭の中に地図を持っています。自宅がどこで、駅がどこで、会社がどこで、というのがわかっている。だから普段、きちんと会社に行って家に帰れるわけです。
方向音痴でいつも困っているという人もいるでしょうが、そういう人も、自分の足りない方向感覚を何らかの形でおぎなって暮らしています。
ところが、この地図でどうにも困ってしまうことがあります。
私は若い頃からよく山に出かけています。多くの動物は虫とりのためです。
田舎の山には案内板が設置してあります。これも地図の一種です。困るのは、往々にしてその地図には「現在位置」が示されていないということでした。
つまり、その山がどんなふうになっていて、どういうふうに道があって、という情報は描かれているのですが、肝心のその地図がどこに立てられているのか、という情報がありません。当然、自分がどこにいるのかがわからない。これではまったく役に立ちません。
いくら詳細にその山の情報が書かれていても、現在位置の矢印がなければ役立たずの地図なのです。 なぜ地図の話をしているか。生物学的な「自分」とは、この「現在位置の矢印」ではないか、と私は考えているからです。ほかの人がこういう言い方をしているのを読んだり聞いたりしたことはありませんが、そう考えるとわかりやすいのです。「自分」「自己」「自我」自意識」等々、言葉でいうと、ずいぶん大層な感じになりますが、それは結局のところ、「今自分はどこにいるのかを示す矢印」くらいのものに過ぎないのではないか。
そのことは実は脳の研究からもわかっているのです。」
長い引用になったので、ここでやめておくが実に興味深い話だと思います。まだ引用したい箇所があるがそれは次回の、「今週の一言 第十一回」にて続く。
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